病の嵐

本当に、久しぶりのアップロードです。
皆さま、お元気にお過ごしでしょうか?

何故、このようにHPがそのままになってしまったのかと言えば、
理由は、弊社を襲った未曾有の病の嵐だった。
私が運営をしてから数十年、私はもちろん、社員も入院に至るような病気になったことがなかった。
それは、運が良かったとも言えるし、弊社の平均年齢が若かったからだとも言える。

とにかく、次から次へと病院通いが増えて、今までに直面したことのない状況に至り、社会保険の仕組等、日頃全く気にしていなかったことがクローズアップされて、それに振り回される日々だった。
高齢化社会に生きていることを、初めて実感もした。
時間的にも、精神的にも、ホームページを書こうという気力が湧いてこない。
弊社の方針では、やりたくないことはやらないで良いとされている。
それを口実に、今日に至ってしまったのだが、病の嵐は私に多くのことを教えてくれた。

『弱者負担が多すぎる現実』


今まで、社会保険に加入していれば大丈夫だと、信じ切っていた。
取り敢えず、社員が入院すると、給料の約6割弱入院給付金が支給される。
そこから、給料の2割弱の社会保険料を企業も当人も支払わなくてはならない。
そして、この給付金の支給を受けるには、会社からびた一文金銭が出ない事が条件だ。
実際、この社員は生活保護にも満たない金額で、どうやって安心した入院生活が送れるのだろうか、、、、、。
そして、医者の診断書が毎月のように必要となる。医者の診断書も費用が掛かるし、手間も掛かる。一人で闘病生活を送る当人の負担は、いかばかりか、、、、、。
それこそ、社会保険だって番号化されているのだから、直接、病院からカルテを取り寄せて事務の簡略化を図り、病人の負担を軽減すればいいのにと、心底から思ってしまう。
病人に金銭面から病気に対する精神的な負担まで押しつけて、当人の気持ちを考えると本当に切ないと思う。

常々、私はHP等で政治批判や、社会批判はしないと心に決めていた。
それは、私の浅はかな言動で、人に迷惑をかけたり、批判を受けたりするのが嫌だと考えていたからだ。

先日、『九十歳。何がめでたい』佐藤愛子先生著を読んだ。
若い頃から、先生の歯に衣を着せぬ表現は大好きだったが、私が尊敬していたのは、先生の世の批判を怖れぬ生き方だったのかもしれない。
是々非々、はっきりしていて、潔い。
この潔いという言葉も、近頃はあまり聞かなくなってしまった。
江戸時代、鎖国をした日本が追求した文化が、武士道精神であり、誇り高く生きることだ。
そのDNAを受け継いだ私達だからこそ、敗戦後の窮状を切り抜け、現在の豊かな繁栄があるのだろう。

とうとう私も、言うべきことは言なければいけない立場と年齢になったのだろう。そして、【九十歳、何がめでたい】と言える気概あるおばあちゃんを目指そうと思う。

最後に一言

毎日、テレビで堂々と見え透いた嘘や誤魔化しを言っている方々、一つお願いがあります。
どうぞ、子供達の前では潔さや誇り高く生きる姿を見せてあげてください。
それは、今はご本人の利益にはならないかもしれませんが、因果応報、これからの子々孫々に大きな影響があることは、間違いありませんから。m(_ _)m

チーム絆代表  渡辺 照子